往診専門獣医師として診療を開始してから、たくさんの症例と、その横で献身的に看病にあたっているご家族様に出会い、見送ってきました。
その中には、壮絶な最後を遂げた犬猫もいれば、本当に静かに、ろうそくの火が消えるように旅立っていった犬猫もいました。
傾向としては、若齢の犬猫よりも高齢の犬猫の方が、終末期に見られる症状が大きくない印象を受けています。
年齢がわかっているのであれば、高齢だからと、ある程度年齢的なところで終末期を受け入れるご家族様が多いですが、出会ったときにすでに成猫であるというご家族様が多くいます。
「一体この子は何歳なんだろう。」
かかる獣医師ごとで言っていることが違うということは本当によくあることで、結局ところ、1歳未満だろうな、いやかなりの高齢だ、以外はよくわかりません。
今回お話の続きを書かせていただく猫のタマちゃんも、実は年齢がわかりません。
ただ、最後を過ごす場所をここと決めてご家族様に出会い、生涯を全うされました。
猫の鼻腔内リンパ腫の在宅終末期ケアの後半です。
2022年10月27日に出逢い、出会って間もない2023年4月22日に左鼻腔内リンパ腫と診断され、抗がん剤を実施。
しかし、体力的にも精神的にも負担が大きかったため断念し、往診での在宅終末期ケアに変更。
毎日の看病の末、2023年7月15日、お母さんの腕の中で眠るように、静かに旅立ちました。
【在宅終末期ケア4日目(6月9日)】
初診後の初めての診察で、嬉しいことに、ご飯を食べてくれたとのご報告を受けました。
おそらく苦かくて飲ませられなかったステロイドが、皮下点滴の中に混ぜる形で投与できたため、苦さを耐え抜く必要なく効果を発揮してくれたのだと考えられました。
ステロイドというと、とても怖い印象が先行しがちですが、使い方や使うタイミングなど、獣医師の指導のもと的確に使用することで、ペットの終末期ケアにおいては強い味方になってくれることが多いです。
ステロイド以外の医薬品においても、もし不安がある場合には、必ず処方してくれた獣医師に相談するようにしましょう。
なお、鼻腔内リンパ腫のため匂いがわかりづらいことを考慮し、お母さんが「くさや」をトッピングしたとのこと、ガツガツ食べ出したということもあり、医薬品が全てではないかもしれませんが。^^
また、状態が下がった日以来の排便も認めたとのことでした。
食べてくれたことで腸が刺激されたのだと思われます。
なお、その後少し下痢気味になってしまったので、頓服で準備しておいた下痢止めを点滴に混ぜて使用できたとのことでした。
【在宅終末期ケア16日目(6月21日)】
6月19日から少し食欲が下がり、鼻水も出てきたとのことでした。
右の腋窩リンパ節の腫脹に伴い、右前肢の浮腫みと破行も始まりました。
浮腫みに対しては、マッサージで流すことで対策を打ち、おそらく腫瘍からくる病状の進行であると判断し、この日から薬を少し強くしました。
【在宅終末期ケア20日目(6月25日)】
前回の薬用量調整によって、食欲が回復したとのことでした。
ただ、ご飯とトイレ以外の時間は、ベッドルームに引きこもってしまうとのことでした。
皮下点滴が吸収できていないような雰囲気がありましたが、問診と触診によってちゃんと吸収されていることがわかり、1回の輸液量は変更せずに様子見としました。
輸液もちゃんと吸収、代謝でき、ご飯も食べ、トイレもできる。
タマちゃんらしく、余生をゆっくり過ごせているようでとても嬉しかったです。
【在宅終末期ケア26日目(7月1日)】
ふらつきが強くなり、食欲も低下してきました。
むくみが強くなり、この日から輸液量の減量、そして利尿剤の使用を開始しました。
いろんな種類の利尿剤がありますが、今回使用した利尿剤はカリウムの排泄を促してしまいます。
そのため、ご飯が食べられていない今、使用するべきか悩みましたが、前肢の浮腫みが重度であり、後肢の浮腫みも認めたことから使用しました。
少しでも浮腫みが改善され、無駄に貯留してしまった水分を体外排泄させられれば、また体が楽になって元気さを少しでも取り戻してくれるかもしれないと、みんなで祈っていました。
【在宅終末期ケア29日目(7月4日)】
朝くしゃみしたら口から大量に出血があり、訪問させていただきました。
取り乱していそうなお母さんを想像しながらご自宅に到着すると、ケロッとしたタマちゃんがそこにいて、連絡の後に出血は止まったとのことでした。
念の為、糖尿病が発症していないかを確認し、問題がなかったため、処方内容の変更なしで様子見としました。
また、呼吸状態が少し下がっていることもあり、酸素発生装置の手配を進めました。
ペットの在宅終末期ケアでは、酸素発生装置や酸素ボンベは、必ずと言っていいほどに登場してくる、とても頼りになる存在です^^
酸素発生装置が設置されることで、もし今後呼吸状態が悪化した時には、酸素を嗅がせていただくか、酸素空間を作ってそこに止まらせて呼吸安定を図るかなどの選択肢が生まれます。
呼吸状態に不安を感じる疾患を抱えている犬猫と暮らしているご家族様は、早めに酸素発生装置について、かかりつけ動物病院に相談しておくことをお勧めします。
【在宅終末期ケア34日目(7月9日)】
もうお水しか飲めておらず、ただ先代の猫ちゃんが最後に飲んでくれた「昆布水」を準備したところ、ガツガツと飲んでくれたとのことでした。
先代猫ちゃんがお母さんに残してくれた経験からの発想でしたが、こんなにも気に入ってくれるのなら、今後の終末期ケアの現場で、病状に応じて推奨しようと思います^^
お水を飲めなくなってきた、または飲水量が明らかに減ったことを確認した場合に、利尿剤を半量にしていただくこと、排尿を認めなくなった段階で利尿剤を中止する予定であることをお伝えし、この日の診察を終了としました。
【在宅終末期ケア40日目(7月15日)】
徐々に立てられなくなり、トイレまでも行けなくなってしまいましたが、それでも自力でなんとか立ち上がり、トイレまで行こうとするのが猫ちゃんです。
タマちゃんも同じで、頑張って頑張って一歩二歩、間に合わずにその場で、という日を迎えていました。
最後の排尿を認めたのが7月14日であり、かなりぐったりしている様子もあったことから、ご連絡をいただきました。
状況をお伺いし、利尿剤は中止としました。
おそらく本日が山であることをお伝えし、もし夜になってもまだ意識があるようであれば、皮下点滴を少量で投与するようお伝えさせていただきました。
お電話の後少しして、タマちゃんは眠りにつきました。
その瞬間は、お母さんの腕の中であり、おろしてあげた時におしっこが流れ出てきたことに違和感を感じて呼吸状態を確認したところ、呼吸が止まっていたとのことでした。
お母さんのお仕事の都合もちゃんと把握していたのか、忙しくなる前にちゃんとお別れの時間を取ってもらえるように、この日を選んだようでした。
本当によく頑張りました。
タマちゃんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
わんにゃん保健室
スタッフ一同
【まとめ】
ペットの終末期における在宅医療切り替えは、ペットだけでなく、ご家族様にとっても、通院のストレスを軽減できること以上に、最後に残された時間を家族だけでゆっくり過ごしていくための、とても有意義な選択になると考えています。
このステージの犬猫にとって、高頻度での通院や待合室での他ペットとの遭遇など、健康で元気な頃であれば何気なかったことが、かなりのストレスとなってしまうことがあります。
そして、在宅医療に変更する大きなメリットは他にもあり、その一つが生活環境に対するアドバイスを的確に行えることがあります。
ペットの終末期における生活環境の整備は、医療面や栄養面と同じくらい大切になってきます。
トイレの位置、高さや広さ、寝床からトイレまでの動線について。
床はどんな素材にすべきで、どのくらいの長さ、幅で対策を打つべきなのか。
好きだったソファーの上は、本当にもう登らせられないのか。
キャットタワーはどうしたらいいのか。
ご飯皿の高さやご飯あげ方、種類など、栄養に対してどう向き合えばいいのか。
何をとっても、全てがその子その子の性格や体格、抱えている症状によって異なってきます。
終末期を迎えるペットと暮らしているご家族様へ
犬猫がいつ通院できないくらいまで体調を崩してしまうのかは、誰にもわかりません。
ただ、健康状態を把握しているかかりつけの獣医師であれば、ある程度の目安を立ててくれると思います。
もしそうなった場合に、往診で診てもらえるのか、または紹介できる往診専門動物病院はあるのかを、早い段階で聞いておきましょう。
何事においても、転ばぬ先の杖です。
準備と対策を講じておけば、突然くるペットの終末期にも、心乱れる中、ちゃんと歩みを止めずに、初動に移れると信じています。
東京、埼玉、千葉、神奈川であれば、往診専門動物病院わんにゃん保健室がご家族様のお力になれます。終末期の前段階、10歳を過ぎてきたら、そもそも通院が苦手な犬猫であれば、突然訪れる終末期の前に、一度往診について検討しておきましょう。
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