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心臓血管肉腫の大型犬(ゴールデンレトリバー/13歳)

「心臓血管肉腫」という病気をご存知でしょうか。

 

血管肉腫は血管内皮由来の細胞が腫瘍化することで発生する悪性腫瘍です。

 

心臓にできる腫瘍の多くが血管肉腫であり、「運動量が減った」「呼吸が苦しそう」「顔色が白っぽい」「急に立てなくなった」「失神した」などの所見から発覚することが多いです。

 

この病気になると、心臓と心臓を覆う膜(心嚢膜)の間に液体が貯留し、心臓を外からギュッと握られたような、胸部を強く圧迫されたような感覚になる「心タンポナーデ」を発症することがあります。

 

解除する方法は、この貯まってしまった液体を抜去しなければいけません。

 

そして、この抜去には胸郭に針を刺さなければいかないため痛みを伴い、そして胸水抜去と比べて危険度は高くなります。

 

心臓の血管肉腫を抱えた場合には、外科手術をしても生存率はかなり低いことから、貯留した場合に繰り返し抜去するという選択肢を選ばれる方が多い印象があります。

 

今回ご紹介する症例は、心臓血管肉腫を抱えたゴールデンレトリバーのGENちゃんです。

 

2023年11月2日に急に立てなくなってしまったことを主訴に頑張って通院したところ、心嚢水の貯留と心臓腫瘍が見つかり、在宅終末期ケアに切り替え、11月24日の朝、お母さんの腕の中で眠りにつきました。

 

GENちゃんの在宅終末期ケアについて、お話させていただきます。

①.jpg

 

 

今までの経緯

人が大好きなゴールデンレトリバーのGENちゃんは、毎月お母さんと一緒に動物病院へ通院していました。

 

倒れるほんの数日前の2023年10月29日は、河川敷を自由に走り回って遊んでいたほど元気でした。

 

11月1日の夕方もいつも通り散歩に行くことができていました。しかし、この日の夕食時から異変が起きました。

 

食欲旺盛なGENちゃんが、ご飯皿を前に、一瞬だけ固まったとのことでした。ただ、その後普通に平らげてくれたので、安心していましたが、その夜寝ようと横になった時に明らかにぐったりしたため、夜間救急で動物病院に飛び込みました。

 

動物病院での検査で、心臓腫瘍心嚢水貯留が確認され、心タンポナーデに伴う症状と考えられ、心嚢水抜去を行いました。

 

この時、心嚢水が60mlほど抜けたとのことでした。

 

年齢や病気、生活環境など考慮し、抗がん剤を攻めていくよりも、在宅で緩和ケアをしてあげることを望まれ、当院までご連絡いただきました。

 

初診(ペットの在宅終末期ケア1日目)

動物病院での心嚢水抜去後、元気ないまま過ごしていたGENちゃんでしたが、徐々に元気を取り戻してきて、この日は15分ほどですがお散歩にもいけたとのことでした。

 

食欲も上がってきて、この日は遂に完食するほどまでに回復していました。

 

少し軟便気味だったので下痢止めを継続的に飲ませていただき、先日の抜去以降、やや頻尿気味とのことでした。

 

呼吸状態も安定しており、全身状態としては良好でした。

 

超音波検査のみを実施し、液体の貯留がないことを確認し、医薬品8種類の内服薬でのコントロールとしました。

 

余命は2週間といわれており、11月17日がその日です。

 

この残された時間を、いかにGENちゃんにとって、そしてご家族様にとって心穏やかに過ごせるように、在宅終末期ケアのプランを組んでいきます。

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急変時のアクションプラン

終末期に急変はつきものであり、今状態が安定していたとしても、数分後はわかりません。

 

そして、その時すぐ駆けつけることができる救急車は動物医療には存在せず、また私たちが駆けつけることができる保証もありません。

 

ペットの在宅終末期ケアは、いわゆる「在宅医療」であることから、救急でのお伺いは叶わないことが多いです。

 

診療時間外では電話も繋がらないため、その時には目の前で起きている事象に対して、ご家族様自身で判断し、行動しなければいけません。

 

選択肢は大きく分けて2つ。

 

1つは「動物病院に飛び込む」、そしてもう一つは「家でそのまま看取る」です。

 

前者の場合には、通院中に、到着して待ち時間に、検査・処置中に、帰宅中に旅立ってしまうかもしれません。

 

また、安定して帰宅できたとしても、また同じ状態を繰り返します。

 

・元気だったのに急に...

・持病がわかっており急変した

・事故

 

回復後、また日常が戻ってくることを期待できるのであれば、緊急で通院させると思います。

 

ただ終末期では、緊急での通院の真逆に存在する、家で看取るという選択肢が多く選ばれている印象です。

 

これは決して諦めたというわけではなく、もう十分頑張ったと賞賛する気持ちで、強い覚悟を持って、家で看取る選択を選ばれています。

 

そして、「通院しない」=「何もできない」ではない、ということも覚えておいてください。

 

GENちゃんの場合には、ガクッと下がった時に医薬品を飲ませられなくなること、呼吸が苦しくなることが想定されました。

 

事前準備として酸素発生装置を準備し、大型犬であることもあり、直接吹きかけによる酸素運用を提案させていただきました。

 

なお、未使用であるうちは1台のみとし、使用開始と同時に追加1台とすることとしました。

 

酸素環境の構築は、犬猫の在宅終末期ケアにとって重要項目の1つです。

 

GENちゃんの最後の時間を、少しでも苦しくないように過ごせるように、これで酸素環境の完成です。

 

内服ができない時に使用できる皮下点滴セットも組んでいき、ガクッと下がっても医薬品を投与できる準備は完了です。

 

2023年11月5日、GENちゃんの在宅終末期ケアが始まりました。

 

急変:ペットの在宅終末期ケア6日目

診察の度に、心嚢水、胸水などの貯留があるのかを評価していました。

 

前日の診察まで貯留はなく、一般状態と言われる元気、食欲、排便、排尿の全てにおいて経過良好でした。

 

なんなら、ご飯をガツガツ食べる姿まで見せてくれ、本当に強い子ですと話していました。

 

しかし、翌日の11月10日に急変しました。

 

直前までキッチンでご飯を食べていたのに、違和感を感じたと思ったら、急に倒れてしまい、そのまま立てなくなりました。

 

診察にて心嚢水が溜まっていることを確認し、抜去することになりました。

 

往診での心嚢水抜去は腹水や胸水と比べ危険性が高く、往診で実施してもらうことは通常の往診専門動物病院では難しいかもしれません。

 

実施する獣医師と、保定、外回りを担当する愛玩動物看護師が必要になるため、少なくても2人以上の愛玩動物看護師の存在が求められると考えています。

 

この心嚢水抜去は、胸郭に針を刺すため、腹水抜去と比べて痛いんです。

 

通常であれば、鎮静処置を施すレベルなのに、GENちゃんはじっと耐えてくれました。

 

刺す瞬間だけピクッとしますが、取り乱すこともなく、横になったまま受け入れてくれていました。

 

この日は190ml抜去することができました。徐々に増えてきました。

 

抜去後にリビングで「もう立てないかもしれない」と話していたところ、キッチンから元気を取り戻したGENちゃんがスタスタ歩いてきました!

 

心嚢水が貯留すると、心臓を握られるような痛みと苦しさがあり、血流が阻害されるので顔色は真っ白に、そして苦しくなります。

 

抜去してこの圧迫を解除すると、見る見るうちに可視粘膜と言われる歯茎や舌の赤みが戻ってきます。

 

この日から13日間、安定しながら過ごすことができ、11月17日を超えることができ、この時点ではすごい食欲と元気で、散歩にも行ける、いつものGENちゃんでした。

 

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急変:ペットの在宅終末期ケア18日目

また急に、ばたっと倒れてしまい、立ち上がれなくなりました。

 

この日も同じように心嚢水が貯留しており、抜去することで回復すると思っていました。

 

しかし、予想は違っていました。

 

抜去しても抜去しても、どんどん溜まっていくのを確認しました。

 

300mlを超えた段階で、「もうやめましょう」とお話しさせていただき、針を抜きました。

 

今夜お別れがやってくる可能性が高いため、最後に会わせて上げたい方を集めていただくようお願いします。

 

もし呼吸があれば、翌早朝にお伺い予定としました。

 

④.png

 

最後の日:ペットの在宅終末期ケア19日目

朝になり、連絡がなかったのでまだ頑張ってくれていると思い、みんなで訪問しました。

 

すると、頑張って全身で呼吸をするGENちゃんと、そんなGENちゃんをずっとそばで見守ってくれたお母さんがいました。

 

昨日の診察終了後からきっと今の今まで、酸素マスクで酸素を嗅がせてあげていたのだと感じました。

 

エコーで心嚢水を確認すると、今まで以上に溜まっており、顔面蒼白、意識も薄くなっていました。

 

実施するかどうか、想像できないほどたくさんの葛藤があったと思います。

 

そして、こんなに苦しいのなら、もう繰り返させずにこのまま旅立たせてあげたいというお母さんの覚悟を受け、抜去を中止としました。

 

せめて最後に安定剤だけでも打ってあげようと準備し打とうとした瞬間、その時がやってきました。

 

死戦期呼吸です。

 

結果何もせず、全ての手をとめ、今まさに旅立とうとしていることをお伝えし、反応の全てが停止するまで抱きしめていただきました。

 

死戦期呼吸が始まって5分ほどで、体の全ての反応が停止しました。

 

最後は本当に眠るように、ただゆっくりとした時間の流れる、そんな時間でした。

 

GENちゃんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

 

わんにゃん保健室

江本宏平、スタッフ一同

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