猫の心臓病といえば、肥大型心筋症です。
と言い切ると語弊がありますが、犬だと僧帽弁閉鎖不全症が多い中で、猫ちゃんは心筋の病気が多い印象があります。
そもそもが動物病院への通院を苦手とする猫ちゃんにとって、心臓病で苦しい中、ストレスを加えられながら通院して、検査を受けることが、果たしていつまで続けられるのかという課題は常に抱えているのが、動物病院として心苦しいところではあります。
しかし、通院してもらえなければ、心臓の精査は叶わないため、可能な限り、動物病院としても通院を促すしかないのが現状です。
ご自宅にいながらも、血圧や心電図などの補助的な検査であれば、猫ちゃんの性格にもよりますが、ご家族様だけで実施可能です。
心筋症を発症すると、肺水腫を起こすこともありますが、胸水貯留を起こすこともあります。
肺水腫を発症した場合には、その苦しさから救急的な処置が必要であり、また帰宅後も酸素ハウス内での集中管理を余儀なくすることが多いです。
完全に回復するまでは動物病院の酸素室内で集中的に管理してもらい、安定して酸素室から離脱できるようになってから帰宅させてあげたい気持ちも山々ですが、実際のところ、入院中は慣れない環境ということもあり、ご飯を全く食べてくれない、という猫ちゃんが多くいます。
その場合には、安定する前に帰宅せざるを得ないため、在宅での集中的な酸素管理が求められます。
今回は、通院で肥大型心筋症の検査と治療を行っていましたが、もう入院が難しいとされ、在宅での緩和ケアを実施した猫のミーちゃんのお話です。
東京足立区に住む、穏やかで人が大好きな日本猫、15歳の女の子です。
胸水抜去を繰り返しながらも、調子がいい時は酸素室の外でゆったりと過ごせていました。
内服薬の量が増えてしまって大変ですが、それ以上に動物病院での入院が辛かったのか、全部理解したようにちゃんとウェットフードと一緒に食べてくれていました。
最後は家族が揃った団欒の時間、2023年11月15日、リビングで眠るように旅立って行きました。
家族の力って、本当にすごいなと思う症例です。
既往歴
2018年10月に、呼吸が変だなという感じから、かかりつけの動物病院に通院したところ、肺水腫を発症していたことから、緊急入院し、3日間入院した後に安定した頃から退院となったとのことでした。
ただ、8月にも健康診断で診てもらっていたのに、なぜ今になって急に心臓病が発症したのかということに不信感を得たことから、他院後は別の動物病院にて、心臓病の治療を進めていたとのことでした。
なお、最初の動物病院に今までの経過を伺ったところ、教えてくれなかったとのことから、新しいかかりつけとなる動物病院では、過去のデータがないままの初診となりましたが、特別問題なく受け入れてくれたとのことでした。
こちらの動物病院では、月に1回だけ、循環器専門医が来てくれたとのことで、その日に通院して心臓の精査をしてもらっていたとのことでした。
最初の動物病院で出された内服薬を確認すると、別の医薬品の方がミーちゃんの容態には合うかもしれないとことから変更を加えてくれたとのことでした。
その後も何度か肺水腫を繰り返し、入退院を繰り返しましたが、2022年9月に胸水が溜まってしまい、動物病院で抜去してもらったところ、それ以降キャリーを見ると異常に興奮してしまうことから、もう通院は難しいと判断し、かかりつけの動物病院と相談し、往診専門動物病院で緩和ケアを受けるように指示されたとのことでした。
経過報告書を作成していただけていたので、猫のミーちゃんの経過を把握することができ、どの抗生物質がミーちゃんと相性が悪く、またどの心臓薬を使ったらどんな反応が出たので、今の処方内容になっているのかという投薬歴も明記されていました。
ミーちゃんのことを真剣に診ていてくださったことが、書面から感じ取ることができるものでした。
ミーちゃんの在宅緩和ケアプラン
2022年10月3日に初診で訪問させていただきました。
知らない人が来ても、特別興奮することなく、逆に酸素ハウスから出してと言って、出てきてはスリスリしてくれました。
初診時には、すでに酸素ハウスが設置されており、酸素流量8L/min、酸素濃度60%で、酸素室内の酸素濃度が35%〜45%で管理されていました。
投薬内容も継続処方とさせていただき、内容によっては苦味の少ないもので代用できると判断し、できるかぎり飲みづらさを緩和させてあげました。
最初のうちは、月1回程度の訪問と継続処方、エコー検査、3ヶ月に1回の血液検査でコントロールしていました。
2023年1月9日から、呼吸状態が悪化してきたため、酸素管理方法を変更し、最初の頃の酸素発生装置1台体制だったのに対して、酸素発生装置2台での管理に変更しました。
また、胸水貯留を確認したため、処方されていた1日1回の利尿剤の用量を増加させることで、胸水の消失を認めることができ、そのまま管理としました。
しかし、3月7日に胸水が中等度まで貯留していることを確認し、胸水抜去に踏み込みました。
胸水抜去は、肋骨と肋骨の間を針で貫く必要があるため、腹水抜去と比較にならないほどの痛みを伴います。
そのため、往診では鎮静処置をしてから実施するようにしていますが、我慢強い場合や、状態から鎮静状態にある場合、すでに鎮静処置に耐えられない状態などの場合には、そのまま抜去してあげています。
胸水抜去は、通常の動物病院で実施するのと、往診にてご自宅の中で抜去するのでは、リスクが異なります。
そのため、十分にご理解いただき、事前にご家族様の同意を得ることが必要となります。
ミーちゃんの場合には、鎮静処置をせずに戦うこととし、見事耐えてくれました。
抜去する、ものの数分で呼吸が安定し、酸素室内であれば立ち上がって鳴いてる姿まで見せてくれました。
失神を起こす可能性や、急にチアノーゼを起こす可能性などを説明させていただき、その時にどんなアクションが取れるのか、事前準備を徹底的にさせていただきました。
往診は救急車ではないこと、そして救急症例には対応しかねるため、急変時は救急が対応できる動物病院に飛び込むか、そのまま看取ってあげるかの2択です。
ただ、そのまま看取るとしても、その時ご自宅でできることを理解しておけば、最後まで病状と戦うことができます。
気づけば家族みんなが、立派な動物看護師となり、ミーちゃんの容態をしっかりと管理してくれるまでに成長していました。
旅立つ前日に1回だけ発作を起こしましたが、最後の時は、本当に眠るように静かだったとのことでした。
2023年11月15日、家族が見守る中、大好きなリビングで静かに旅立ちました。
動物と暮らす全ての方へ
最初に通院した動物病院は、おそらく家から近かった、その地域で人気があった、診療費が安かったのでいい先生だと思った、などの理由で、その動物病院をかかりつけとしたかと思います。
しかし、動物病院で働く獣医師も人であり、それぞれに得意、不得意があります。
予防に力を入れる獣医師もいれば、先進医療に尽力し、新たな病気を発見したり、治療方法を提唱したりなど、獣医師によって様々です。
本当に、今のかかりつけの動物病院だけで大丈夫でしょうか。
現在の動物病院のスタンダードは、ある程度の医療機器や設備は整っているものであり、またネットワークとしては、外部の専門医による診療日を設けている動物病院も少なくありません。
経過報告書の作成や紹介状の作成などは、日常診療業務の中で当たり前のように舞い込んできます。
今の時代は1次診療と2次診療が手を組み、紹介医療の確立がある程度成されてきていると考えています
そんな中、もし専門医への紹介を拒まれた場合には、その理由に納得できるかどうか、まずはかかりつけの動物病院にお尋ねください。
しっかり理由を伺った上で、それでも納得できなければ、かかりつけの動物病院を変えることをお勧めします。
その選択が正しかったかどうかは、最後にわかることと思われますが、その決断をするかどうかは、全てご家族様次第です。
覚悟して行動するのも一つ、またかかりつけの動物病院を信じて最後まで愛犬、愛猫の命を付けて行くのも一つです。
そして、もし通院が難しいとなった場合には、病気を受け入れ、余生をできるかぎりストレスなく過ごさせるために、在宅緩和ケアに切り替えることも、また一つだと覚えておいてください。
何をどこまでするのが正しいのか、には答えはないです。
早期からご家族様で相談し、少しでも後悔ない選択ができるよう祈っています。
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