猫の心臓病と聞くと、多くの飼い主様が「肥大型心筋症(HCM)」を思い浮かべるのではないでしょうか。
確かにHCMは猫に最も多く見られる心疾患です。
しかし、猫でも僧帽弁閉鎖不全症(Mitral Valve Disease, MVD)が発生することをご存知でしょうか?
この疾患は犬では一般的ですが、猫では稀なケースとされています。
今回の記事では、13歳の猫ちゃんがこの疾患に罹患し、在宅緩和ケアを通じて最期の時間を穏やかに過ごした実例をご紹介します。
このケーススタディを通じて、猫ちゃんの心臓病ケアの可能性と、在宅緩和ケアがいかに重要であるかを詳しくお伝えします。
僧帽弁閉鎖不全症(MVD)とは?
僧帽弁閉鎖不全症は、心臓の左心房と左心室を隔てる僧帽弁が正常に閉じなくなることで、血液が逆流する疾患です。
この疾患により心臓への負担が増大し、最終的には心不全を引き起こす可能性があります。
犬では加齢とともに僧帽弁の変性が進行することで発症することが多いですが、猫ではその発生メカニズムが十分に解明されておらず、非常に稀なケースです。
僧帽弁閉鎖不全症の主な症状
呼吸が速くなる(頻呼吸):安静時でも呼吸数が多くなる。
食欲低下:食事を摂ることが難しくなる場合も多い。
倦怠感や活動性の低下:動くことを嫌がり、長時間横になっている。
胸水貯留:胸腔内に液体が溜まり、呼吸困難を引き起こす。
肥大型心筋症との違い
肥大型心筋症は心筋が肥厚して硬化することで、心臓の収縮や血液の循環に影響を及ぼします。
一方、MVDは弁の機能不全が主因であり、血液が逆流することによって心不全のリスクが高まります。
症例紹介:13歳の猫ちゃん(僧帽弁閉鎖不全症による胸水貯留)
今回の症例は、13歳の去勢雄の猫ちゃんです。
この猫ちゃんは、呼吸が速いこと、そして食欲不振を主訴として飼い主様が東京中央区日本橋付近の動物病院に連れて行きました。
検査の結果、僧帽弁閉鎖不全症と胸水貯留が確認されました。
動物病院での対応
動物病院では、胸水抜去を提案され、鎮静下で胸水を抜去し、呼吸状態の改善を図りました。
また、状態の改善及び安定を目的として、心臓病治療に必要な内服薬が処方されました。
しかし、猫ちゃん問いこともあり、内服薬を全く受け付けてくれませんでした。
投薬のたびに拒否され、結果的に呼吸状態が再び悪化。
再度の通院を試みたものの、キャリーに入れる段階で開口呼吸となり、通院自体が困難な状況となりました。
在宅緩和ケアへの決断
飼い主様は非常に悩まれましたが、通院が猫ちゃんのストレスになり、病状を悪化させてしまう様子を目の当たりにして、「もう通院は無理だ」とすでに感じていたそうです。
そのような中、SNS(インスタグラム)で当院の情報を見つけ、往診による在宅緩和ケアを希望されました。
飼い主様のご希望
往診による在宅緩和ケアを希望されるご家族様の希望は全て同じで、猫ちゃんの苦しみやストレスを最小限に抑えたい、そして通院や投薬のストレスを減らし、穏やかな余生を過ごさせたい、というものです。
往診初診時のアプローチ
初診では、以下のような流れで診察を行いました。
1. 現場の把握と飼い主様の希望の確認
訪問時には、まず猫ちゃんの生活環境と症状の確認を行いました。
呼吸数や体重の測定、胸水の有無の確認などを行いながら、飼い主様の希望を丁寧にヒアリングしました。
特に、「どのような最期の時間を過ごさせてあげたいのか」を共有することを大切にしました。
2. 緩和ケアプランの説明
在宅で可能なケアの選択肢を提示しました。
主に以下の内容についてご説明させていただきました。
呼吸管理については酸素発生装置の導入と使用法の説明をして、投薬方法の工夫としては投薬補助おやつや経口薬を拒否する場合の代替案を、そして皮下点滴という手法を用いた、注射薬を使用した薬剤投与の実践などです。
3. 呼吸環境の整備
胸水が溜まると呼吸が悪化しやすいため、酸素発生装置を用いて、猫ちゃんが快適に過ごせる呼吸環境を構築しました。
また、使用方法やトラブル時の対処法もご説明しました。
4. 今後の事前準備
急変時に備えた対応策を共有。
呼吸数や食欲の変化など、飼い主様が日々観察すべきポイントを明確化。
投薬問題への対応
この猫ちゃんの最大の課題は、「内服薬が飲めない」ことでした。以下の工夫を行いました。
1. 投薬補助食品の活用
投薬用のおやつは市販のものを複数試しましたが、食べてくれない場合もあります。
そのため、特別なサンプル品を診察時に提供しました。
その結果、猫ちゃんが食べてくれる製品を見つけることができました。
2. 内服薬が完全に無理な場合
どうしても内服薬が無理な場合、皮下点滴での薬剤投与を提案しました。
この方法は、飼い主様の協力が必要ですが、内服に伴うストレスを軽減できる大きなメリットがあります。
訪問ケアでの今後のプラン
最初は2〜3日に1回の頻度で訪問し、徐々に状態が安定してきたため、訪問間隔を週1回、2週間に1回と広げることができました。
この間、猫ちゃんは穏やかで安定した日々を過ごすことができました。
症状の悪化と最期のケア
約3ヶ月が経過した頃、再び呼吸状態が悪化。
胸水貯留が進行したため、在宅で鎮静下での胸水抜去を行いました。
食欲も低下したため、皮下点滴に注射薬を混ぜて投与を続けました。
最期の1ヶ月
胸水の溜まる速度が徐々に増し、最終的には3日に1回の胸水抜去が必要となりました。
それでも、猫ちゃんは穏やかに生活を続け、2024年10月3日、飼い主様の腕の中で静かに息を引き取りました。
発作を起こすことなく、眠るように旅立ったとのことでした。
緩和ケアの意義と可能性
このケースからわかるように、在宅緩和ケアは猫ちゃんと飼い主様に大きな安心感を与えるものです。
在宅緩和ケアの利点
ペットの在宅緩和ケアには、動物病院で行う、いわゆる通院型の緩和ケアと違い、通院や待ち時間におけるペットのストレス軽減が期待できます。
この通院の負担は、通院頻度の高まりを見せる緩和ケアの後半になると、通院させるご家族様にとっても負担が大きくなってきます。
その負担を軽減することで、わんちゃん、猫ちゃん、そしてご家族様にも、残された時間を少しでも穏やかに過ごせることと思います。
呼吸管理や投薬方法をペットの性格や状態だけでなく、生活環境などの周囲環境を考慮した調整が可能です。
まとめ
僧帽弁閉鎖不全症をはじめとする慢性疾患や腫瘍を抱える猫ちゃんにとって、在宅緩和ケアは非常に重要な選択肢です。
治療が難しい場合でも、その子らしい穏やかな時間を作ることが最も大切です。
東京、千葉、神奈川、埼玉で在宅緩和ケアを希望される方は、ぜひ往診専門動物病院にご相談ください。
私たちは、一緒に最善のケアを考え、少しでも後悔のない時間を過ごせるよう全力でサポートします。
少しでも多くの猫ちゃんと飼い主様が穏やかな日々を送れますように。
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